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逆レイプ鎮守府

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逆レイプ鎮守府 (キ鈴)
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大淀1


過去削除した作品です。
お正月の間公開します。

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて私は目を覚ました。

 

 いつの間に床についていたのだろうか?昨晩の記憶が霞がかったように曖昧だ。

 

 とりあえず、現在の時刻を確認するため枕元にあるはずの時計に手を伸ばそうと試みる。だが左腕が動かない。痺れという風ではない、何かに縛り付けられているような感覚だった。

 

 私は視線を左腕に向ける、まだカーテンを締め切っている室内は薄暗く、そこに何があるのか理解するのに数秒の時間を要した。

 

 裸の女がいた。

 

 これが一糸まとわぬというのだろう、下着一枚身につけていないその身体には所々白濁した液体が付着している。どうやらそういう事らしい、目を覚まし始めた私の脳が昨晩の記憶を蘇らせ始めた。

 

 私は昨晩、目の前の女性、軽巡洋艦 由良に襲われたのだ。性的な暴行だ。彼女に付着した白濁液と室内に充満した汗と亜鉛とが混ざりあったような異臭、そして私の体中に刻まれた由良の歯型があれが夢ではなかったのだと物語っている。

 

 私は抵抗しなかった、しても無駄だと経験として知っているからだ。男と女である前に提督と艦娘、その力は関係は明白だ。私が学生時代にアメリカンフットボールのラインマンとして鍛えあげたこの肉体をもってしてもその不等号の向きは変わらない。人では艦娘に力で勝つことは絶対にできないのだから。

 

 私は由良を起こさないよう掴まれた腕を優しく引き抜き立ち上がった。体が重い、精も体力も全て絞り尽くされている。だがもう一度眠ることは許されない。

 

 私は気力を振り絞り、ローブを羽織る。そして両手に軍服を抱えシャワー室へと向かった。

 

 急ごう、遅れるとまた秘書艦に怒られてしまう。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

「昨晩『も』お楽しみだったようですね。汚らわしい」

 

「好き勝手言ってくれる……」

 

 シャワーを浴び体にこびりついていた体液を流した私は軍服に袖を通し、執務室へと入った。室内では秘書艦の大井がコーヒーメーカーから一滴、また一滴とカップに落ちる雫の音を聞きながら机に重ねられた書類に目を通していた。

 

「昨晩のお相手は誰だったんですか?翔鶴さん?それとも陸奥さん?まさか駆逐艦ということはないでしょうね?」

 

「……由良だよ」

 

 あらぬ誤解を招かぬよう私は大井の問いに正直に答える。だが大井はさしてその答えに興味はなかったのか何も言わずにカップいっぱいに溜まったコーヒーを手に取り口をつけた。

 

「まぁ、提督が誰と関係を持とうが私の知るところではありません。ですが……以前も言ったように北上さんに手を出したその時は……」

 

 突然大井の目がギラりと光り私の股間を睨みつけた。言外に今すぐにでもその不愉快なモノを潰してやろうかと言っているのがありありと伝わってくる。

 

「……何度も言っているが私からお前達に関係を迫ったことなどただの一度もありはしない。むしろ逆、貴様等艦娘が己の立場と力の差を利用して私を手篭めにしているのだろうが」

 

「どうですかね……本当に貴方が拒んだのなら、無理やりに行為を行おうとする娘がいるとは私には思えないのですが。貴方にそれほどの魅力があるとも思えませんし」

 

「そう思うならこの状況をなんとかしてくれ。そうすれば煩わしい秘書艦の任からも解放されるぞ?」

 

「……考えておきます」

 

 私に対し反抗的なスタンスの大井。戦時中は彼女との仲を何とか縮められないかと考えたものだが今ではこの距離感が私にとって唯一の癒しになっているのだから分からないものだ。他の艦娘とは距離感という概念そのものがなくなってしまっている。

 

「ほら、遠征艦隊が東京急行から帰投したようですよ。さっさと出迎えに行ってあげてくださいな」

 

「今シャワーを浴びてきたばかりなのだが……」

 

「それがなにか?まさか汗をかくのが嫌だから出迎えたくないとでも?」

 

「そうではない……その……また汚されてしまう。君も分かっているだろうが」

 

「あーあー、分かりません。……というかこんな所で始められたら敵いませんし、早く行ってください」

 

 大井は誤魔化すようにそう言うと手をシッシッというように振り私を執務室から追い出した。

 

 私は大井に言わるがままに入ったばかりの執務室を後にし遠征艦隊を迎えるべく抜錨地点に向う。そもそも戦争が終結した今、遠征を行うことにどれだけの意味があるというのか……。

 

「着替え……先に用意しておくべきだな」

 

 そう独り言を呟き私は遠征艦隊を出迎えにいくのだった。

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 この鎮守府が壊れてしまったのは今から約2ヶ月前、戦争が終結した直後のことだった。

 

 その日、百年以上もの間続いた深海棲艦との戦いは敵軍の首領である母なる深海棲艦、個体名『乙姫おとひめ』の轟沈と共に終わりを迎えた。

 

 私はようやく刻んだ暁の水平線を目に焼きつけると共に敵であり、自身が滅ぼした深海棲艦に対して涙を流した。

 

 深海棲艦の首領『乙姫』はただ想い人を求めていただけだった。それこそ、私達人類が彼女達を『深海棲艦』と名付け、敵対するようになるずっと前から一人の男を探していたのだ。深く暗い深海に沈む竜宮城から乙姫は一人この海面にやって来てだ。

 

 元々、乙姫に人類と争うつもりはなかった。それどころか乙姫の想い人『浦島太郎』はこちら側の人間、友好的にすら思っていたことだろう。深海と人類は手を取り合える可能性を持っていたのだ。

 

 だがその可能性を潰してしまったのは人類だった。

 

 人類は彼女の想い人、浦島太郎を利用し乙姫を捕獲しようとした。だがその計画は利用しようとした浦島太郎本人の妨害により失敗に終わる──────浦島太郎はその命をもって乙姫を守ったのだ。

 

 そして人類に裏切られ、骸となった浦島太郎の前で乙姫は誓った。

 

───────必ず人類を滅ぼす

 

 いつの間にか乙姫の頭部には禍々しい二本の角が生え、綺麗な薄桃色だった着物は赤黒く血の色に染まっていた。

 

これが深海棲艦の誕生の瞬間だった。

 

 乙姫が人類の敵となり百有余年、ついに人類、私は彼女と対峙した。ボロボロで顔が半分吹き飛び、片手片足を失った彼女は私にその胸の内を語った。

 

 浦島太郎を奪われたあの日の無念を、自身が竜宮城から出てきたばかりに浦島太郎を殺させてしまった後悔と。そして陸に置いてきてしまった自身の子供への謝罪を私に語り涙を流しながらその命を終えた。

 

 乙姫を沈め、深海棲艦の秘密を唯一知った私は強い罪悪感に襲われた。

 

 世間は私のことを『戦争を終わらせた英雄』と持て囃した。だがどれだけ称賛のことばを浴びせられようと私の罪悪感が晴れることはなかった。むしろその称賛の言葉を聞く度に最後に聞いた乙姫の言葉がたまらなく私の胸を締め付けるのだ。

 

 そして英雄扱いされることに我慢のできなかった私は一つの決断をする。

 

「……帰ろう。静かな、海の見えないあの場所でアイツとともに残りの人生を過ごそう。それが乙姫の願いなのだから」

 

 私は故郷に帰ることにした。故郷にもどり、私を待っていてくれる幼馴染であり、乙姫と浦島太郎の子孫であるアイツを私が守らなくてならない、それが乙姫への私からの罪滅ぼしだ。

 

 

□□□

 

 

 鎮守府を去ると決めたその日の夜、私は長年世話になった事務艦、『任務娘』にその胸のうちを打ち明けるべく彼女を酒保へと呼び出した。

 

 鎮守府に備え付けられている酒保、元々はただの売店で雑貨と安酒が売られているだけだったその場所はいつの間にか酒好きな艦娘達によって小洒落たバーに改装されていた。

 

「そう……ですか。軍を去り平穏な日々を過ごす、それも良いかも知れませんね」

 

 私の話を聞いた任務娘はカクテルの入ったグラスを揺らし氷の音を鳴らしながらそう言った。その横顔は薄暗いバー内ではハッキリと見ること出来ないがはどことなく悲しそうな表情に感じられた。

 

「ああ。このことは誰にも話していないし誰にも話すつもりもない。明日の朝、誰にも気取られないようここを発つつもりだ。だが君にだけは一言礼を言っておきたかった」

 

「礼……ですか?」

 

 私は姿勢を但しカウンターに向けていた体を回転させ任務娘の方へと向き直る。

 

「永い間本当に世話になった。新米提督の私が誰一人として戦死者を出さず戦争を終結させられたのは間違いなく君のおかげだ。ありがとう”大淀”」

 

「……」

 

 私の心からの礼に大淀は何も答えない。こちらには一瞥もよこさずただグラスを揺らし続けていた。

 

 沈黙が貸切状態の酒保を包み込んだ。何分経っただろうか大淀は突然グラスのカクテルを一気に煽るとポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 

「貴方が叢雲さんと共にこの鎮守府に着任した時、頑固で融通が利かなそうな人だなというのが第一の感想でした」

 

「……私も君を見て同じ感想を抱いたよ」

 

「ふふ、そうですね、あの時の私は確かにそうだったかもしれません。ですが貴方は違った。真面目で、筋の通らないことが大嫌いな所は想像通りでしたが貴方はその見た目からは想像出来ない程に可愛らしかった」

 

「可愛い?」

 

「はい。提督適性者ほぼ全員に当てはまることですが貴方がた提督は言ってしまえばただの素人です。ただ『妖精さんが見える』という素質を有しているだけ、ろくな教育も施されず海に放り出された一般人にしか過ぎません。ですがそんな理不尽に文句一つ言わずただ我武者羅に努力し、私に頼ってくれる貴方を見ていると……可愛い、失礼ながらそう思ってしまいました」

 

「私には君と叢雲しか頼れる人がいなかったならな……他の艦娘に無能の烙印を押されるわけにはいかなかった。ずっと任務娘が、大淀が素人の私を支えてくれた。感謝してもしきれない」

 

「感謝して……おしまいですか?」

 

「なに?」

 

 私からの感謝の言葉に大淀は今日このバーに入って初めて私の目を真っ直ぐに見つめた。いつも濁りなく、純粋だったその視線はなぜだか今は蛇のように獲物を逃がさんとする爬虫類のものに感じられた。

 

「提督の言うように私はずっと貴方を支えてきました。その代価とし支払われるのは感謝の言葉だけなのですか?私の働きはその程度のものでしたか?」

 

「そう……だな。もちろん私としても君に何かお返しをしたいのだが……知ったの通り甲斐性のない男だ。私に何か出来ることがあればよいのだが……」

 

「ありますよ、できること」

 

 大淀はそう即答した。はて、私に出来ることとは何なのだろうか。欲しい物が有るなどなら話が早くて助かるのだが。

 

「提督、この鎮守府に残ってください。確かに深海棲艦との戦争は終わりましたがまだこの鎮守府は……艦娘は貴方を必要としています」

 

「大淀……」

 

「それがダメだと言うのなら……提督……私も一緒に貴方の故郷に連れて行って貰えませんか?」

 

 初めは大きかった大淀の声は後半につれどんどん小さく細いものへとなってしまう。きっと彼女はそのお願いが聞き届けられないと知っているのだろう。

 

「……すまない。私にはもう心に決めた人がいる。そいつと残りの時間を過ごす為に故郷へと帰るんだ」

 

「そう……ですよね。でもそんなのは知っていました。提督、これみよがしに左の薬指を見せつけるんですから。けど……」

 

「我慢できなかった。もしかしたら貴方はその人を捨てて私を選んでくれるかも知れない。そう考えると言葉を呑み込むことは出来ませんでした」

 

「すまない……」

 

「謝らないでください。でも……ケジメといいますか最後に……私に思い出をくれませんか?」

 

 そう言うと大淀は目を閉じ顎を少しあげて私に唇を向けた。

 

 少し戸惑いながらも私は感謝、謝罪、そして別れの意味を込めてゆっくりとその唇に口付けた。

 

「ありがとう……ございます」

 

 唇を離すと大淀は俯きながらそう言った。

 

「私、もう行きます」

 

 大淀は勢いよく立ち上がると私に目を合わせないままバーの出口へと走っていった。

 

「提督……ごめんなさい」

 

 バーから出る直前にそう言い残した彼女の言葉は一人になった私の胸の中で何度も何度も反芻した。こんな後味の悪い別れにするつもりはなかったのだが……やはり私には甲斐性というものがまるでない。

 

 次の日、私は大淀の残した謝罪の言葉の意味を知ることになるとはこの時は予想だにしていなかった。



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叢雲1

 

 大淀との密会の翌日、私は日の出前に宿舎をあとにした。

 

 時刻はマルヨンサンマル。鎮守府一の早起きである不知火がランニングを始めるまでまだ30分もの猶予があった。この時間ならばまず間違いなく艦娘達はまだ全員床についているはずだ。

 

 荷物を詰めたキャリーバッグのキャスターがカラカラと乾いた空気に響く。外とはいえ皆が寝静まっているこの場所ではやけに音が大きく聞こえる。

 

 真っ直ぐに鎮守府の門へと歩いていく。一歩、また一歩と進む度に変わる景色に随分と懐かしさと愛おしさを覚えた。

 

 この鎮守府に着任して7年、色々なことがあった。初めは叢雲しかいなかった艦娘も今では50名を超える大所帯だ。この鎮守府にはそんな彼女達との思い出が詰まっている。

 

 本音を言えば私もこんな形での別れは望んではいない。だけど、私が彼女達に別れを告げれば、きっと彼女達は私を引き止める。それくらいの信頼関係は築いてきたつもりだ。

 

 だが……私は引き止められる訳には行かない。きっと私がここから、軍から去るという事実は直ぐに上に伝えられてしまう。そうなれば軍やマスコミは私を監視するようになるだろう。

 

 彼女を……乙姫を沈め英雄となった私にきっと彼らは利用価値を見出しているはずなのだから。

 

 私はあの日の乙姫との約束を守らなければならない。その為には誰にも気取られず故郷へと戻り幼馴染と会わなければならない。

 

 一度も振り返ることなく前へと進むとやがて鎮守府の正門が見えてきた。歩を早めグングンと歩く。すると門の中心に一人の少女が立っているのが分かった。

 

 長くキメ細かい真っ白な髪にトレードマークの兎の耳の様な電探を身につけた少女。7年前、私と共にこの鎮守府に着任した艦娘『叢雲』だった。

 

「あら司令官、奇遇ね。こんな時間にどうしたのかしら?」

 

 奇遇と言うには彼女の姿は少々無理があった。3月も後半になったとは言えまだまだ早朝のこの時間はかなり冷え込む。だと言うのに叢雲は艤装を完全装備し、この寒空の下門の前で一人仁王立ちしているのだから。

 

 恐らくは大淀の仕業だろう。今日、私がここを発つと知ってるのは大淀だけだ。他に知っている者がいるとすれば大淀が話した以外に考えられない。恐らくは私を引き止めるために……初期艦である叢雲ならばそれが出来ると踏んだのだろう。

 

「なに、ただの散歩だ」

 

「そんな大荷物をもって?」

 

 叢雲は私のキャリーバッグを指さしながら言う。不毛な会話だ、彼女は私が此処を出ることを知っているし、私は叢雲がそれを知っていることを知っているのだから。

 

「ああ、少し永い散歩だ。私が守ったこの国がどんなものなのかこの足で歩いて確認してみたいと思ってな」

 

「アンタが守った訳じゃないわ、アンタと私達が守ったのよ。だったらそのお散歩には私達も連れていくのが筋でしょう?」

 

「そうだな……。なら今日は下見に行かせてもらおう。お前達全員と散歩に行くためのな」

 

 そう言って私は前へと進む。だが叢雲は両手を広げ道を塞ぐようにして私の歩を阻んだ。

 

「くどいぞ。どけ叢雲」

 

 私は突き放すようにして叢雲に命令する。だが叢雲は引かない、むしろ私を睨みつける。

 

「もう……ここには戻らないって本当なの?」

 

 やはり大淀から聞いていたか……。

 

「そうだ。私には他にやらなければならないことが出来た。この場所にはもう戻らない」

 

 私がそう言うと叢雲は艤装のスロット1、スロット2に装備していた2つの12.7cm連装砲を展開しその砲口を私に向けた。叢雲の顔には鬼のような怒りの感情が張り付いている。

 

「勝手なことを言うんじゃないわよ。アンタ自分の立場分かってるの!?アンタが最後に乙姫に何を言われたのかは知らない……けど乙姫を沈めた鎮守府はここでアンタはその司令官なのよ!?まだまだアンタにはやることがあるでしょうが!」

 

「……すまないとは……思っている」

 

「謝って欲しいわけじゃない!その責任を果たしなさいと言っているの!私が育てた司令官はそんな無責任な男じゃなかったはずよ!?」

 

「……」

 

「カッコカリをした娘のことはどうするつもりよ!確かにアレは形だけの能力底上げの道具でしかない……けど指輪を貰った娘達がどう思っているのかを知らないとは言わせないわよ!」

 

 叢雲の言うことに心当たりは確かにあった。艦娘達の能力を向上されるアイテム『指輪』。それを提督である俺から艦娘達に贈ることで彼女達はさらなる力を手にする。

 

 強くなるのは喜ばしい、だが指輪という形状に問題があった。男から女性に指輪を贈るのだ、そう言う意味だと捉えた艦娘も少なからずいた。少なくともその指輪が彼女達の左薬指に付けられているのを見て気づかないほど私は鈍くはなく、その勘違いを正す勇気もなかった。

 

「どうしても此処を出ていくと言うのなら筋を通してからにしなさい」

 

 そう言う叢雲の薬指にも変わらず指輪が付けられているのを見て私の胸はズキリと傷んだ。本当に……どうして上は指輪なんて形状にしてくれたのか。

 

 だが私はそれでも此処を出ていかなくてはならない。私にとって何よりを通さなくてはならない筋は乙姫との約束なのだから。

 

「もう一度言う……どけ叢雲」

 

 先程よりも低く、怒りの感情を込めた。胸が張り裂けそうなほどに痛い、苦しい。

 

「引き返しなさい司令官」

 

 睨んでも声音を低くしても叢雲は引かない。彼女の目を見て話し合いでは決して解決しないと私は理解してしまった。モタモタしていると他の艦娘達の起床時間になってしまう、これ以上時間はかけられない。

 

「どけ」

 

「絶対にどかない」

 

 無理矢理に叢雲の脇を通り抜けようとするが服を掴まれ阻まれる。

 

「アンタが筋を通さないって言うのなら私にだって考えがあるわ」

 

「考えか、何をしようと無駄だ」

 

「これを見ても同じことが言えるのかしら?」

 

 そう言うと叢雲はポケットから一枚の写真を取り出しそれを私に突きつけた。

 

「ッ…!大淀め、いつの間にこんなものを……!」

 

「言っとくけど写真だけじゃないわよ。ちゃんと動画データだって残ってるわ」

 

 叢雲の取り出した写真には私と大淀、昨晩の密会の様子が写し出されていた。それも別れ際、私が彼女に口付けした場面だ。

 

「司令官、アンタ大淀に言ったわよね?故郷に戻って大好きな幼なじみと暮らすって。けどその幼なじみさんはこの写真を見てなお貴方と暮らしたいと思ってくれるのかしら?」

 

「叢雲……私を脅すつもりか」

 

「言ったはずよ、貴方が筋を通さないのなら私にも考えがあるって」

 

 叢雲の言う通りこの写真は私の弱点になりうる。もしもここで私が彼女を振り切って故郷に帰ったとしても叢雲はきっと追ってくるだろう。そしてこの写真や動画をアイツに突き付ける。そうなればアイツがどう思うか……場合によってはアイツは私の元から去ってしまうかもしれない。そうなれば乙姫との約束も果たせない。

 

「司令?それに叢雲も。こんな早朝にどうされたのですか?」

 

 突如背後から声をかけられた。振り返るとそこには体操着にスパッツといった機能美溢れる格好をした不知火が息を切らせながら立っていた。

 

 しまった───────叢雲に気を取られて随分と時間を消費してしまったらしい。いつの間にか不知火がランニングを始める時間になってしまった。

 

「いや、なに。少し早くに目が冴えてしまってな。少し外を散歩していたところだ。叢雲とはたまたま此処であっただけだ」

 

「そうでしたか。ですがそのキャリーバッグは一体?まるで旅行にでも行くかのような大荷物ですが……ハッ!まさか司令、大本営からの極秘任務でしょうか!?であればぜひこの不知火にボディーガードをお任せください!司令の身は不知火がお守りします!」

 

「いやそうじゃない。本当にただ散歩していただけだ。このキャリーは……そう叢雲のなんだ。そうだな叢雲?」

 

「……そうよ。私、さっきまで乙姫の件で大本営に呼び出しされてたの。ちょうど帰ってきた所にこの人がいたから荷物を持って貰っていたの」

 

「そうでしたか……では今現在、司令は不知火に用はないと」

 

「ああ、気を使わせてしまってすまない」

 

「いえ、では不知火はランニングに戻らせていただきます。何か御用があればなんなんりと」

 

 そう言って不知火はそのまま走り去っていった。

 

「すまない……助かった」

 

「別に。今はまだ不知火に知られるのは都合が悪かっただけよ。ほら、とりあえず戻るわよ。ついて来なさい」

 

 弱みを握られた私は叢雲の指示に従うよりほかに選択肢はなかった。

 

 

□□□

 

 叢雲に手を引かれ元来た道を引き返す。

 

 もうこの鎮守府内を歩くことは二度とないはずだったというのに30分足らずで引き返すことになるとは、昨晩軽率な行動をとった私が恨めしい。

 

「ご丁寧に鍵も置いていってたのね」

 

 執務室に連行されるのかと思いきや連れてこられたのは先程私が出発したばかりの提督用宿舎だった。もう戻らないつもりだっために玄関口に掛けていた鍵を目ざとく見つけた叢雲はそれを使い勢いよく扉をひらいた。

 

「入って」

 

「ああ……」

 

 叢雲は私の身体を宿舎に押し込むと自身も中へと入り、直ぐに玄関口の鍵をかけた。丁寧なことだ、既に私は大淀と叢雲の持つ写真と動画のデータを回収しなければここから逃げることはできないというのに。

 

 叢雲に手を引かれ私は宿舎内を進む。叢雲はこの宿舎の構造を把握しているらしく全く迷いを見せることなくズンズン歩く。この宿舎内に叢雲は入ったことがないはずなのに不可思議だ。

 

「入って」

 

 目的の部屋に着いたらしく叢雲は先程と同じ言葉を繰り返した。連れてこられたのは私の寝室だ。

 

 叢雲の言葉に従い私は彼女と寝室に入る。

 

「何もない……本当にもう戻らないつもりだったのね」

 

 寝室には既に私の私物は何もなかった。当然だ、もう二度と戻ってくるつもりはなかったのだから。

 

「さて叢雲、話し合いをしよう。その写真をどこで手に入れた?」

 

「分かってる癖に。大淀よ」

 

「だろうな。ではどうすればその写真と動画データを私に渡してくれるんだ?」

 

「アンタが此処に居続けてくれると約束してくれるのなら考えてあげてもいいわ。大淀がどうするのかは知らないけどね」

 

「……叢雲分かってくれ。私だってお前達との別れは辛い。だけど仕方ないんだ」

 

「仕方ないじゃないわよ!」

 

 叢雲は突然声を荒げ肩を掴み私を壁に押し付けた。駆逐艦とはいえ流石は艦娘、私がどれだけ力を込めてもその手を払うことはできなかった。

 

「他に女がいるなんて……アンタそんなこと一言も言ってなかったじゃない……なのになんでよ、急にそんなこと言われてもはいそうですかなんて納得できるわけないじゃない……」

 

 叢雲は私を壁に押しつけたまま私の胸に顔を埋めた。表情は見えないが涙を流しているのは直ぐに分かった。

 

 大淀といい叢雲といい二人も泣かせてしまった。

 

「すまない……」

 

 優しく叢雲の白い髪を撫でた。いつだったか以前にもこうして彼女の髪を撫でたことがあったのを思いだす。もう遠い昔のことのようだ。

 

「……」

 

「おい、叢雲?」

 

 急に私の両足が床から離れた。私の胸に顔を埋めていた叢雲がそのまま私の体を持ち上げたのだ。

 

「叢雲、下ろしなさい」

 

 ぺしぺしと叢雲の頭を叩き抗議するが叢雲は反応しない。彼女は私を持ち上げたまま移動を始め数歩歩いて私をベッドの上に放り投げた。

 

「ぐっ、叢雲……何を……」

 

「……犯す」

 

 私には叢雲が何を言っているのか分からなかった。だが彼女はワンピース状の制服を脱ぎ捨てると下着一枚になり私に覆いかぶさった。

 

「何をしているんだ叢雲!正気に戻れ!」

 

「五月蝿いわね。生娘でもあるまいしガタガタいわないで」

 

 私の言葉を無視し叢雲は腰のベルトに手をかけた。それを外されては不味いと必死に抵抗するが彼女の片手に私の両腕を押さえ付けられてしまう。

 

 成人男性であっても艤装を展開している艦娘には力では到底及ばない、それを実感させられた。

 

 両手の自由とベルトを奪われ、スボンを脱がされる。

 

 次に叢雲は私の上半身の衣服を剥ぎにかかった。こちらは脱がすのが面倒になったのかビリビリと破き剥いでいく。

 

 直ぐに私の衣服は全て剥ぎ取られ下着一枚の格好にされてしまう。

 

「最後にもう一度だけ聞いてあげる」

 

 私に馬乗りになった状態で見下ろしながら叢雲は言う。

 

「故郷にいる女がどんな娘でアンタとどんな関係なのかなんて知らない。けどこれだけは言える……ここに艦娘達はその女なんかよりずっと……ずっとアンタを必要としてる」

 

 叢雲の目から溢れた雫が私の胸に零れた。鼻声になりながらも彼女は続ける。

 

「だから……ここに残りなさいよ……私達を捨てないでよ……」

 

 此処で彼女の言葉を肯定すればきっと私はひとまずこの窮地を脱することが出来るのだろう。だけどもうそんなことはしたくなかった。ただでさえ、彼女達の気持ちを考えず、一言も告げず姿を消そうとしているのだ。これ以上、筋の通らないことはしたくない。

 

 だから私は真っ直ぐに彼女の懇願を拒否した。

 

「すまない。それは出来ない」

 

「そう……なら仕方ないわね」

 

 そのまま私は、叢雲の悲しみ、怒り、情欲を自身の身体で受け止めた。

 

 



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翔鶴1

 

 

 

 目を覚ますとそこにはもう叢雲の姿はなかった。先程のは酷い悪夢だったのだと自分に言い聞かせようとしたが、私の身体に刻まれた無数の歯型がアレは現実に起こったことなのだと私を嘲笑する。

 

 体を起こそうとするが酷い倦怠感に襲われ再びベッドに崩れ落ちた。いや、崩れ落ちたのは疲労によるものだけではない、叢雲……襲われたとはいえ幼なじみ以外と関係を持ってしまったことによる精神的なダメージが重なったのだろう。

 

 しかし、このまま倒れ伏している訳にもいかない。私はなんとか起き上がって叢雲に剥ぎ取られた衣服を身に纏う。衣服は何故か湿り気を帯びていたが気にしてはいられない。

 

 部屋の外から鐘の音が聞こえた。これは17時を知らせる音だ。叢雲に襲われたのが早朝だった、つまりあれから12時間近く経っていることになる。クソっ、叢雲め……一体何時間行為に及んでいたんだ。だが今この場に彼女の姿はない。きっとアレは叢雲にとっても望んだものではなかったのだろう……今頃は自室で後悔に膝を抱えているのかもしれない。私の初期艦で短くない時間を共にしてきた彼女が本当はどれだけ優しいか……それは私が一番よく知っている。

 

 だとすればそんな行動を彼女にさせてしまった私にこそ責任がある……しかし今は私から叢雲にかけてやれる言葉はなにもない、きっと今の叢雲を癒せるのは時間だけなのだから。

 

 ならば私は私のやるべき事を優先させる。

 

『どうかあの娘をおねがい。私と太郎さんが残した最後の形見をどうか守ってください』

 

 永らく人類の敵として対立してきた深海棲艦の首領『乙姫』は私にそう言い残してこの世界から消えた。

『乙姫』の娘であり、戦争の引き金となった『浦島太郎』の娘はなんの因果か私の幼なじみだった。

 

 乙姫の娘、と言ってもその事を幼なじみは知らない。彼女は幼少期、私がまだ5歳にも満たない歳の頃、私の住む村に捨てられていたのだ。幼かった私はそれを見つけ連れ帰り、それから家族になった。

 

 今にして思えばアレは乙姫が愛娘を戦争に巻き込みたくないという思いから浦島太郎の故郷とされる私の村に娘を逃がしたということだったのだろう。

 

 人類に裏切られ浦島太郎を殺されて尚、乙姫は心の何処かで人を憎みきれずにいたのかもしれない。

 

 そんな彼女が死の間際に託した娘……私は何としてでも彼女を守らなくてはならない。幸い、現時点では幼なじみの正体を知っているのは私だけだが油断は出来ない。乙姫の血を継ぐアイツが何時、深海棲艦の力を自覚するか分からない。私は今すぐにでも故郷に帰り、彼女を見守らなくてはならない。

 

 それが私の最後の仕事だ。

 

 部屋を見渡して荷物を探す。叢雲に連れられこの部屋に持ち運んだ筈のキャリーバッグが何処にもない。叢雲め……持ち去ったのか。

 

 だが問題はない、この体一つ有れば十分だ。道中の移動費などは警察に事情を話せば工面してもらえるだろう。

 

 懸念があるとすれば大淀だ。アイツめ、まさか叢雲も利用するだけでなくあんな写真まで用意して妨害してくるとは……軽率な行動を取った昨夜の自分を殴りたい。

 

 恐らく、大淀の妨害はこれで終わりではないだろう。もしかしたら叢雲以外にも既に味方につけている艦娘がいるかもしれない。

 

 極力艦娘達から見つからないようにして鎮守府を出なくては。

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 恐る恐る自室の扉を開け廊下を見渡す。大淀や叢雲の姿はそこになく、他の艦娘達もいない。警戒を緩めることなく進み宿舎の外へ出た。外には数人艦娘の姿を確認したがどうやら私の捕縛が目的ではなく、偶然居合わせただけという風だ。その証拠に皆私に軽い挨拶をしてその場を後にしていった。

 

 考え過ぎ……だったのだろうか?大淀は叢雲を刺客として私に差し向けたのでは無く、ただ初期艦だった叢雲の気持ちを想い便宜を図っただけ……?いや、だとしたらあの写真の説明がつかない。しかし、あの写真も大淀が用意した物という証拠は何処にもないのか……。

 

 いよいよ分からなくなってきた。

 

 頭を抱えながら私は正門へと歩みを進めた。考えていても仕方がない、邪魔が入らないのなら好都合だ。このまま真っ直ぐ故郷へと向かおう。

 

 足早に進んでいると正門の真下、ちょうど今朝叢雲が立っていた場所に一人の艦娘が立っているのに気がついた。

 

 黒を基調としたセーラー服を身にまとったその艦娘の名は白露型駆逐艦二番艦の『時雨』だ。時雨は門の下で特段何をする訳でもなくただそこに立ちすくんでいる。

 

 嫌な予感がした。いや、予感というよりは既に確信していた。

 

 時雨は大淀の息がかかっている。

 

 今朝方の叢雲の代わりというわけか。証拠はないがリスクを負う必要もない。私は踵を返し他の出口へと向かった。

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 どの出口へ向かっても必ず誰かがそこにいた。裏口だろうと下水に繋がるマンホールの傍だろうと外へ繋がる入口の付近には必ず艦娘が立っていた。まるで囚人を逃がすまいとする看守のごとくだ。

 

 ならば塀をよじ登ろうかと視線を上へ向ける。しかしそこには私を威嚇するかのように張り巡らされた有刺鉄線が夕日を反射し輝いていた。

 

 参った。これでは外へ出ることが出来ない。こうなれば番人とかしている艦娘を強引に突破し外にでるしかない。

 

 問題は何処から……いや、誰の所から突破するかだ。

 

 先ほど鎮守府を回って出口の番をしていた艦娘に時雨、翔鶴、Atlanta、龍田、大和、朝潮がいたのを確認している。

 

 この中の誰の場所を選ぶか……まず時雨と朝潮は除外、最も突破率が低く、失敗した後のリスクも大きい。怖い、洒落にならない、嫌だ、助けてくれ。

 

 Atlantaと龍田は上記二名に比べ突破率は高そうだが、会話での説得はまず無理だろう。二人とも話を聞くようなタイプでは無い。出来れば穏便に済ませたいのでこの二人も除外。

 

 大和は交渉の余地はあるかもしれないが決裂した際の突破が難しい。元アメリカンフットボールのラインマンだった私には分かる。

 

 つまり消去法で残るのは翔鶴ということになる。

 

 彼女は彼女で厄介なのだが他に比べればずっとましか……私は重い足取りで翔鶴のいる裏門へと歩みを進めた。



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翔鶴2

 

 私は意を決して翔鶴の元へ向かう。

 

「しれぇー?どこいくんー?」「アナタ何だか目が怖いわよ?」

 

「提督ぅ、ポーラ達と飲んでいきませんかぁ?」「おいでよ提督、安いお酒しかないけどさぁ、イヨと飲もうよ」

 

「司令、この磯風の焼いた魚を食して行かないか。なに、大丈夫、今回は浜風に監修してもらっている。味に問題はない」

 

 道中、多くの艦娘に呼び止められたがその歩みを妨害されることはなかった。やはり全員に全員大淀の息がかかっている訳ではないらしい。

 

 皆からの呼び止めを断り真っ直ぐに翔鶴の元へ急ぐ。果たして彼女は数分前と寸分違わぬ出で立ちて裏口前に立っていた。

 

沈みゆく夕日を背にした翔鶴は真っ直ぐに私を見つめ私を威圧する。此方へ来るな────その目は私にそう訴えかけているようにも見えた。

 

「やぁ翔鶴、こんな所に立ってどうした?待ち合わせか?」

 

 私がそう声をかけると見開かれ何処か生気の抜けた目をしていた翔鶴の瞳に光が戻った。

 

「こんにちは提督、待ち合わせ……とは少し違うんですが人を待ってました。約束はしていないのですがきっと此処へ来ると分かっていたので」

 

「ハハハ、翔鶴は不思議な事をいうな。まるでそいつの考えることが全て分かっているかのような口ぶりだ」

 

「ふふふ、流石に全部は分かりません。だってその人は私に隠し事ばかりするんですよ。いつも何かを隠して、一人で悩んで、私達の分からない所で一人で結論づけて─────消えようとするんです。そんな困った人の考え、分かるはずがありません」

 

「…………」

 

 翔鶴の言葉に私が何も返せず黙っていると翔鶴は振り返り裏門の遥か先に沈みゆく夕日を見つめながら言葉を続けた。

 

「提督、何故人類が乙姫率いる深海棲艦に勝てたのか……分かりますか?」

 

「そんなのは分かりきっている。お前達が艦娘が居たからだ、お前達が居なければきっと人類は為す術なく滅ぼされていた」

 

 その考えに嘘偽りはない。元々は浦島太郎を利用し乙姫を捕獲しようとした人類が招いた戦争だった。人類は被害者ぶっているが本を正せば被害者は深海側で、深海は復讐を果たそうとしたに過ぎない。

 

 きっと……敗北するべきは人類で、順当に行けばそうなるはずだった。

 

 それでも……人類が勝利し生き残ったのは第三者であるはずの彼女達『艦娘』が味方してくれたからだ。彼女達が現れ、手を差し伸べてくれなければ間違いなく人類は滅び私も死んでいただろう。

 

「そう思ってくれているのに提督は私達を置いていくんですね……」

 

「なに?」

 

「知ってますよ提督。この鎮守府を、私達を捨てて出て行くんですよね」

 

 突然翔鶴の声音が変わった。先程までは透き通り、移りゆく流水のように美しかったその声は、同一の喉から発せられたとは思えない程に低く、冷えきったものになっている。

 

「捨てていくなどと……戦争は終わった。もう君達に私は必要ない……それだけのことだ」

 

「提督、その言葉が何を意味するか分かっていますか?戦争が終わればもう人類に私達艦娘は必要ない、そう言っているのと同義ですよ」

 

「違う。そんな事は言っていない。私はただお前達だけでも生きていけると信じてい」

 

 その先は言わせて貰えなかった。突如距離を詰めてきた翔鶴に抱き締められ、硬直してしまったからだ。

 

「無理です、無理なんです。私達は弱くて無知で、深海棲艦と戦う事しかしらない赤ん坊なんです。怖いんです……きっと提督がいないと私達は何も出来なくて、守ったはずの『人類』に食い殺されてしまう……そう思えてならないんです」

 

 私の胸に顔を埋め、涙を堪えるようにして翔鶴は言った。私はそんな彼女を励ますように背を撫で、優しく語りかける。

 

「翔鶴……大丈夫だ。確かに君の言う通り人類には醜く恐ろしい者達も大勢いる。君達に悪意をもって近づく者もいるだろう。けどな、きっとそれ以上に、いやその何倍もの人間が君達を助けてくれる。人類を守った艦娘を今度は人間が守る番だからだ。だから不安がることはないんだ」

 

「……」

 

 翔鶴は何も答えない。ただ、俺を抱き締めていた彼女の腕から次第に力が抜け落ちていくのを感じた。

 

「提督は勘違いしています。私達が守ってきたのはあくまで『貴方』であって『人』ではないんです!だから!!……だから今度は提督が私達を守ってください。人類の誰かだなんて人任せにしないでください!!」

 

 私の背に回された翔鶴の腕に力が入るのが伝わってくる。細く、病的なまでに白いその腕には不釣り合いな程の力だ。

 

「貴方が……私達を守ってくださいよ……。今まで私達がしてきたように……」

 

「すまない……」

 

 私には翔鶴の頭を撫で酷く小さな声でそう言う事しか出来なかった。私とて艦娘達への恩を、人類の代表として返さなければならないとの責任は感じる。だがそれを言うのなら……人類代表というのならまずは乙姫への贖罪を果たさなければならない。彼女達への義理立てはその後でもきっと遅くはないはずだから。

 

「どうしても……此処を出ていくと言うんですね」

 

「ああ。しかし、いつか……きっとまた君達の前に現れると約束しよう。その時まで……さよならだ」

 

「……提督は此処を出ていく事はできませんよ。ずっと、永遠に、死ぬまで……いいえ、死んでもです」

 

「すまない……」

 

 最早謝ることしか私には出来ない。白い髪に覆われ、窺うこと叶わない彼女の表情を想像し、酷く心が痛む。

 

「提督、後ろを見てください」

 

「後ろ?」

 

 突拍子もない翔鶴の言葉に言われるがままに振り返り、私はその異様な光景に目を疑った。

 

 そこに居合わせた艦娘全員がこちらを凝視していたのだ。先程まで無邪気に遊んでいた時津風や天津風、七輪で魚を焼いていた磯風に浜風、酔いつぶれていたはずの伊14とポーラまでもが瞬きもせず私を見ている。

 

「ひっ……!」

 

 思わず悲鳴をあげ後ずさった。

 

 しかし逃れられない。私に抱きついたままの翔鶴が私の足を払いそのまま私を押し倒した。

 

 コンクリートに打ち付けられた背中に鈍い痛みを感じ思わず目を閉じた。そして次に目を開けたとき、目の前には翔鶴の顔だけでなく、天津風、時津風、伊14、浜風、ポーラ、磯風までもが私の顔を覗き込んでいる。その目は何処か虚ろでおよそ理性というものを感じられない。

 

 恐怖に包まれた私はそこから逃げようとするが身体がピクリとも動かない。見ると私の四肢が艦娘達の無数の手に押さえ付けられている。

 

「提督が悪いんです」

 

 翔鶴のその言葉を最後に、私は意識を失った。





僕からのお年玉的な意味合いでお正月限定公開してみました。
楽しんで貰えたなら幸いです。


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