昼休みは貴重な情報収集時間だ。
俺は自分の席でスマホをいじり、Re-liance(リライアンス)の更新情報をチェックする。
来週のメンテで噂されている新エリアの開放に備えて準備を始めないといけない。
日頃Yu-noに頼っていて回復薬の準備が少ないので今晩は合成用の素材を集めるか、ゴールドを稼いで商店で買い集めるか―――
「啓介、ちょっとこっち来なさいよ!」
耳に響く大声に、俺は思わず舌打ちをする。
―――もちろん、ウンザリした態度は外には出さない。
俺は練習した薄い笑みを張り付け、大声の主―――雁ヶ音日南(かりがねひなみ)の席に向かう。
「どうしたの、日南」
「ちょっと喉が乾いたんだけど。お茶、買ってきてくれない?」
ばら撒くように渡された小銭をつかみ取る。
「いいよ。緑茶?」
「烏龍茶―――常温で」
言って、嘲るような笑みを浮かべる日南。
常温の飲み物は遠くスーパーまで行かないと手に入らない。それを分かっての注文だ。
「ああ、それなら用意してあるよ」
「え?」
俺はロッカーから“常温の”烏龍茶を取ってくると、日南に手渡した。
「日南は好物を食べ過ぎちゃった日はこれだよね」
「なっ!?」
……もちろん、嘘だ。
日南の昼の献立など知ったことではない。
単にこれまでの嫌がらせの傾向から、準備をしていた一手に過ぎない。
静まり返る取り巻き達の間を抜けて戻ろうとすると、スラリとした生足が行く手を遮るように伸びて来る。
俺に挑発的な視線を送るのは日南の取り巻きの一人、薬師湯女《やくしゆめ》。
少し上向きの鼻をさらに上げ、俺を見下すように言い放つ。
「じゃあ、犬くーん。私は午後ティーの常温お願い」
俺は表情を変えず、反対に薬師の顔を見下ろす。
「悪い。俺、日南の専属だから」
一瞬の間を置き、どっと沸き替える取り巻き達。
「薬師、フラれたじゃん!」
「お前がご主人様じゃ嫌だってよ!」
背中に薬師と日南の剣呑な視線を感じながら俺は席に戻る。
―――Yu-noと作戦を始めて一週間。
少しずつ、だけど着実に学校での俺の立場は変わってきていた。
使いパシリがいじられキャラに……これってレベルアップなのか?
俺は苦々し気にスマホの画面に視線を落とす。
―――Yu-noとの昨夜の会話を思い出す。
――――――
Keisuke『これじゃ俺 ただいじられてるだけじゃない?』
Yu-no『今はまだ いじられキャラでいいんだよ』
何度目かのやり取り。
納得のいかない俺の気持ちを見抜いたか、Yu-noがこんなことを言い出した。
Yu-no『むしろ特等席かもよ?』
Keisuke『特等席?』
Yu-no『あの女が落ちてきた時』
Yu-no『一番近くで見られるんだよ?』
―――
――――――
……日南とその取り巻き達とのやりとり。
Yu-noと相談して練り上げた受け答えと立ち振る舞い。
最初はおっかなびっくりだったが、慣れてくれば意外とどうにかなる。
思えばこの2年間。クエストをこなし、人間関係に気を張りながらキーボードを叩いてきたのだ。
最近ではクエストが無い分、楽なのかもと思い始めている。
昼休みも残り少ない。
俺は教室の騒がしさから逃げるようにトイレに向かった。
トイレに入ると、一人の男子生徒が俺の前に立ち塞がる。
「……なに?」
「最近、お前調子に乗ってるだろ」
「はい?」
……Yu-noの言ってた通りだ。
漫画で出てくるような悪役キャラが、本当に目の前に現れた。
俺はむしろ感心して、かろうじて見覚えのある男の顔を眺める。
「雁ヶ音の犬のくせに態度デカいんだよ。ここで痛い目あっとくか?」
「えっと……俺、脅されてるのかな。これって、イジメ?」
面白がるような俺の表情に、男の顔が真っ赤に染まる。
「舐めてんのかてめえ。学校に来れないようにしてやろうか?」
掴みかかる男の手をかろうじてかいくぐると、俺はスマホを取り出す。
「―――悪いね。今の録音させてもらってるんだ」
平静を装いスマホをかざす俺の手から、男はスマホを易々と奪い取る。
「じゃ、これでどうする気だ?」
得意気な男の顔に、俺は思わず噴き出した。
「!? 何がおかしい!」
―――だって、そりゃ笑うよ。
「ついでに言えば録画もしてる。そして、データはこの瞬間もクラウドに転送中だよ」
―――一から十まで、Yu-noの言ったとおりになってるんだから。
「スマホ、返してくれると嬉しいんだけど」
笑い過ぎて涙すら浮かんできた。差し出した俺の手を睨みながら、固まる男。
その沈黙を破るように、トイレの個室の扉が開いた。
「……お前ら、何やってんの?」
出てきたのは俺でも顔と名前が一致する数少ないクラスメイトだ。
唐澤一輝《からさわかずき》。剣道部の主将で、日南とは別ベクトルのスクールカーストトップ勢だ。
「おい、三井。問題起こしたら試合に出れなくなるだろ。今年も同じことやんのか?」
唐澤は男の顔を睨みつけると、スマホを奪い取る。
……この男、三井とか言うのか。確かクラス名簿に名前があったはず。
「悪いな南原。今回は多目に見てやってくれ」
申し訳なさそうに言うと、唐澤は俺にスマホを返す。
唐澤の持つオーラと迫力に思わず気押されるが、俺はそれを気取られないように、気安い笑みを浮かべた。
「構わないよ。―――有難う唐澤」
―――
――――――
Yu-no『控えめに言って 完璧だね』
その晩、俺はYu-noとメッセのやり取りをしながら素材集めのクエストに向かっていた。
今日あった出来事を事細かに伝えた途端、さっきの絶賛の言葉である。
Keisuke『内心びびってたんだぜ?』
Yu-no『あはは 名前も覚えてないクラスメイトとトイレで見つめあうとか』
Yu-no『私でも怖いな』
Keisuke『君にも 怖いものあったんだ?』
白魔術師の『Yu-no』が俺に体当たりを仕掛けてくる。
Keisuke『ごめんごめん 冗談だよ』
Yu-no『剣道部の唐澤 だっけ? 唐澤一輝?』
剣道を真似たのか。突然『Yu-no』は杖を高く掲げると、大蜘蛛を叩きつける。
ろくにダメージが通らずに逃げ出す『Yu-no』の背中に『Keisuke8567-Kai』を滑り込ませる。
Keisuke『唐澤のこと 知ってるの?』
Yu-no『ググったら出てくるよ 普通に有名人』
Yu-no『去年の紅旗杯 一年生ながら個人戦で全国8位』
へえ。全校集会で表彰されてた気もするけど、そんなに凄い奴だったのか。
……昼休みを思い出す。
Yu-noに言われた通り、「同級生の男にはタメ口」のルールを守って俺に呼び捨てられた唐澤は、一瞬キョトンとした表情を見せてから―――
「お前、なんか雰囲気変わったな。こっちの方がいいと思うぜ?」
―――楽しそうに笑ったのだ。
Keisuke『なんか、凄い奴だよな』
Yu-no『だよね 彼』
『Yu-no』が光属性の全体攻撃魔法を使い、演出で画面が白く染まる。
Yu-no『―――使えるよ』