駅のホームに降り立つと、傾いた陽が正面から顔を照らしてくる。
俺は手で影を作ると、真っすぐ階段に向かう。
……初のYu-noとの通話から半日もたっていない。
久々の東京、どこかに寄っても良かったのだろうが、とにかく早く家に帰りたかった。
階段を下りながら在来線への乗り換えを検索していると、LINEのメッセージが届いているのに気付いた。
何気なく確認すると、そこには思いがけない名前。
「唐澤……?」
剣道部主将、唐澤一輝《かわさらかずき》。
最近は教室で良く話す相手だが、プライベートで接点はない。
連絡自体が思いがけないものだったが、メッセの内容はそれ以上に意外な物だった。
『今日 会って話が出来ないか?』
――――――
―――
秋野駅の改札を出ると、ジャージ姿の唐澤の姿があった。
お互い、軽く手を挙げる。
「悪いな、急に呼び出して」
「構わないよ。ジョギングの途中?」
「ああ、最近部活休んでたから身体がなまっててな」
軽い会話を交わしながら、並んで駅の構内を出る。
聞くまでもなく、近くまで来たからちょっとお茶でも―――なんてのじゃない。
人通りの無い道に差し掛かると、俺は唐澤の横顔に視線を送る。
「唐澤、なんかあったのか」
「ちょっとな。南原、なんか飲むか?」
答を待たず、自販機に小銭を入れる唐澤。
俺達は缶珈琲を手に近くの公園のベンチに座る。
この公園も昔は遊具があったのだろう。
今はすべて撤去されてベンチがいくつかあるばかりだ。
地面に引かれた白線からすると、早朝にはゲートボールに活用されているらしい。
「そういやお前、どこか出かけてたのか」
「ああ、ちょっと野暮用で東京に」
「それでもう戻ってきたのか。まさか俺が呼び出したから?」
「東京から三十分ってどんだけだよ。タイミングが良かっただけだって」
いたわるような会話が幾度か行き来した後。
唐澤は缶珈琲に目を落としながら、呟くように話し出す。
「あー、実はな。俺、付き合ってる人がいてな」
「……赤羽先生だろ?」
「やっぱ分かるかー」
唐澤は暮れ始めた空を仰ぐ。
「アカ姉と俺が付き合ってるって、学校に投書があったみたいで。やっぱ先生と生徒が付き合ってるってのは問題があってさ」
「……投書?」
一瞬、頭にYu-noの名前が浮かんだが、俺は強引にそれをかき消した。
……疑い過ぎだ。彼女がこんなことをする理由がない。
「―――しらを切ってたんだけど、証拠もあるみたいで誤魔化しきれない。アカ姉も責任取って学校を辞めるって言ってるし」
唐澤の独白は続いている。
……少し聞き逃したけど、先生が学校を辞めるって言ったか?
驚く俺の顔を見て、唐澤が雰囲気を変えようと笑顔を見せる。
「悪い、いきなり変な話をしちまって。ただの愚痴だ、聞き流してくれ」
「ああ……話くらいならいつでも聞くけど。なんで俺なんだ?」
俺の素直な疑問に、唐澤は少し照れたように頬をかく。
「……相手、剣道部の顧問で道場の先輩のアカ姉だろ? 俺、ガキの頃から剣道ばっかやってたからさ。剣道抜きにすると周りにどんだけ人が残るのかなって」
……こいつでもそんなことを思うなんて意外だ。
俺から見れば、教室でも何人もの友人に囲まれている人気者だ。
多分、俺のこれまでとこれからを全部合わせたくらいは残るに違いない。
「悪い、別に消去法でお前に連絡したんじゃないんだぜ」
「分かってるよ。そんなに何度も謝らなくてもいいって」
「お前も難しい相手と付き合ってるだろ。だから分かってくれるかなって」
……難しい相手?
思わずYu-noの名前が頭をよぎったが、恐らく日南のことだ。
日南と付き合ってるわけじゃないが、わざわざここで言うようなことでもない。
「確かに簡単じゃないけどさ。唐澤ほど困っちゃいないかな」
「そうか? 雁ヶ音のお嬢さん、美人だけど竹刀を持ったアカ姉より怖いぜ」
ひとしきり笑うと、俺達は何気ない会話を続ける。
アカ姉こと赤羽先生との思い出話、二人が付き合い出したきっかけ……
缶珈琲が空になった頃、唐澤は何かを決心したかのように立ち上がる。
「もう行くのか?」
「ああ。ありがとな、なんだかすっきりしたわ」
手を振り、その場から立ち去る唐澤の後ろ姿。
俺は思わず声をかける。
「……唐澤。まさかお前も学校辞めようってんじゃないだろうな?」
唐澤の足が止まる。
振り返った奴の表情は達観にも見えるほど落ち着いている。
「……月曜日の朝に、アカ姉と一緒に校長室に呼ばれてるんだ」
「校長室に?」
……既にうやむやで済む段階では無くなっている。
続く言葉を見つけられない俺に、唐澤は覚悟を決めたように笑って見せる。
「アカ姉だけに学校辞めさせるわけにはいかないだろ」
――――――
―――
Yu-no『ねえ Keisuke?』
Yu-no『おーい どうした』
Yu-no『起きてるか おーい』
Yu-no『衛生兵ーっ! Keisukeの呼吸が止まった! 楽にしてやれ!』
……?
物思いに一瞬意識が飛んでいた俺は、ウィンドウに並んだメッセージに目をしばたかせる。
その日の晩、『Re-liance(リライアンス)』の世界で落ち合った俺達はいつも通りにクエストに挑んでいた。
今日の昼間のことに触れるでもなく。
Keisuke『ごめん ちょっと飛んでた』
Keisuke『もう大丈夫 先に進もう』
俺の操る戦士が進もうとすると、新作の猫耳装備を身に着けた白魔術師が前に立ち塞がる。
Yu-no『今日のKeisukeは どうしたのにゃ?』
Yu-no『長旅に 疲れたのなら』
Yu-no『今日はもう お休み する?』
そうじゃない、と打とうとした俺は直前で思い直す。
Keisuke『昼間のこととは別に ちょっと気になることがあってさ』
Yu-no『? なにかにゃ?』
Keisuke『剣道部主将の唐澤 知ってるよね』
Yu-no『年上彼女に骨抜きにされた お花畑さんのことかにゃ?』
当たらずとも遠からず―――ではあるが随分な言い草だ。
苦笑気味に返事をしようとしたが、思わず指が止まる。
……あの二人のこと、話したことあったっけ?
慎重に記憶を掘り起こすが、Yu-noに話したのは唐澤の話だけだ。
赤羽先生の話をした覚えはない。
Keisuke『あいつのこと どうして知ってるの?』
Yu-no『? 剣道部のブログ 見てなかったのにゃ?』
ブログ?
ブラウザを立ち上げて検索するとすぐに見つかった。
クリックをするが、ブログサービスのトップページに誘導される。
……削除されてる?
Keisuke『消されてて見れないんだけど』
Yu-no『例の二人 ツイもやってたけど』
Yu-no『最近急に 全部消えたから 気になってた』
Yu-no『何か知ってるにゃ?』
……今日のこと言っていいのか?
迷う俺は、反対に俺が質問される立場になっていることに気付く。
……Yu-noのペースに引き込まれてはいけない。
Keisuke『消えたブログやTwitter なにが書いてあったの?』
質問を無視して尋ね返すと、画面の白魔術師はヤレヤレと首を振る。
Yu-no『あれは いかんにゃー』
Yu-no『偶然 同じ日に同じ場所に 友達と遊びに行ったとか』
Yu-no『バレバレだにゃー 甘すぎて 砂糖吐いちゃうにゃー』
それが本当なら、周りにバレるのは時間の問題だ。
納得しかけた俺は、小骨が喉に刺さったような引っ掛かりを感じる。
……唐澤と赤羽先生。
俺が二人でいるところを見たのは一度だけだ。
それだけでも、二人がただの教え子と教師の関係でないことは一目瞭然だ。
剣道部の周りの連中はとっくに勘付いていたのではないか?
じゃあ、今回の騒動はなんなんだ。
唐澤の言葉を思い出す。
―――学校に投書―――証拠
剣道部のブログや二人のSNSを“偶然”見た奴が告げ口を……とは考えにくい。
一般人のSNSは知人以外には意味はない。
二人を同時に知っていながら、わざわざ公然の秘密である二人の仲を証拠付きで垂れ込んだ奴がいる―――
Yu-no『それでさ なにが あったの?』
……あいつの状況は取り返しのつかないところまで来ている。
今更隠したって仕方ない。
俺が唐澤から聞いた話を伝えると、白魔術師は腕組みをして首を傾げる。
Yu-no『ははあ そりゃチェックメイトだねー』
Yu-no『クビだよねー 依願退職ってやつかにゃ?』
Yu-noの揶揄うような態度に苛立ちを感じた俺は、白魔術師を避けて戦士をフィールドの先に進ませる。
Yu-no『あれ』
Yu-no『ごめんね? 怒った? ごめんね?』
Keisuke『あいつは俺を信用してこの話をしてくれたんだ』
Keisuke『茶化すような言い方は止めて欲しい』
戦士の後ろをYu-noの白魔術師がついてくる。
Yu-no『だよね ごめんね 私が悪かったよね』
Yu-no『だからって訳じゃ ないけど』
Yu-no『チェックメイトを 王手飛車取りくらいに 出来るかも?』
……Yu-noの言葉に戦士の足が止まる。
Keisuke『どういうこと?』
Yu-no『あのね 私はむしろ 心配してたんだよ?』
Yu-no『主将君 脇が甘いから こんなことになるんじゃないかなって』
……なるほど。
つまりYu-noはずっと唐澤のSNSを見張っていたということだ。
俺はYu-noの次の言葉を待ち受ける。
Yu-no『主将君は Keisukeの友達 なんだよね?』
Yu-no『主将君を 助けてあげるよ』
Yu-no『私なら できる』
……できる?
Yu-noは何故そんなこと断言できるんだ?
自分の頭が不思議なほど冷静になるのが分かる。
彼女は普段から唐澤とその周辺を見張っていた。
そして、今回の事態もまるで予想していたかのような口ぶり―――
無意識に唾を飲む音が耳に響く。
Keisuke『できるって どうやって?』
Yu-no『協力してくれそうな人に心当たりがあるの』
Yu-no『ちょっとばかり』
Yu-no『悪い子 させて?』
……Yu-noをこの件に関わらせるべきではない。
理屈では分かっている。
だがしかし―――
Keisuke『分かった 頼むよ』
去り際、俺を振り返った唐澤の笑顔が頭から離れない。
Keisuke『あいつを助けてくれないか?』
Yu-no『うん 任せて!』
画面の中では白魔術師が嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。
Keisuke『ねえYu-no』
Yu-no『?』
Keisuke『この件 本当に君は知らなかったの?』
Yu-no『? どういうこと?』
Keisuke『今回のことYu-noは本当に絡んでないの?』
Enterを押してから、自分が随分攻めた発言をしたことに気付く。
……なんで俺、こんなことを言った?
メッセージボックスに表示された自分の発言を信じられない気持ちで見つめる。
俺は息をするのも忘れてYu-noの反応を見守る。
画面の白魔術師は立ちポーズのまま、その場を動かない。
静かに揺れるYu-noの立ち姿から目を離せない。
Yu-no『私がどうしてそんなことできるの?』
一見冷静なYu-noの言葉。
俺は大きく息を吐く。
Yu-no『よく考えて。一緒の学校に通ってるわけでもないのに。そんなこと無理だよね? 二人の交際の証拠を掴んで告げ口したりできるわけないよね?』
Yu-no『私はいつも部屋で一人なのにあの女はいつもあなたと一緒にいてそのことを当然みたいに思ってて』
Keisuke『? Yu-no なんの話? ちょっと落ち着いて』
Yu-no『だからあの女が嫌いなの』
あの女……日南のことだろうか。
白魔術師のYu-noが杖をかざして呪文の詠唱を始める。
帰還魔法―――登録したホームグラウンドの街に戻る呪文だ。
画面が白く染まり、二人きりのパーティは見慣れぬ光景の中に立っていた。
―――“死の街”ブリュージュ。
ストーリーの進展に伴い“死の街”として住民全てが消え失せた街だ。
灯りもなく、星光りのみに照らされた広場には、俺達二人だけが立っている。
Yu-no『私だってKeisukeと同じ学校に通いたいよ? あの女みたいに一緒のクラスで勉強したいよ? これって不公平だよね?』
……さっきから、Yu-noの口調がいつもと違う。
いつもなら、からかう様に単語をバラまくYu-noが、まるで面と向かって話すかの様に繋がった言葉で話している。
Keisuke『不公平?』
Yu-no『だってそうだよ!あのおんな同じクラスでいられるのにそれだけで満足できずに!自分だけ不幸みたいな顔をして!!!Keisukeと一緒に!』
Yu-no『学校行って寄り道したり!いっしょにテスト勉強したりしたかったし私のできないこと全部できるくせに!!!!!自分ばかり不幸なつもりでKeisukeをくるしめるなんてあってはならないよね?!!!!!』
Keisuke『Yu-no 落ち着いて ちょっと落ち着こう?』
Yu-no『なのになんで私ばかりが疑われるの!!わたしこんなにKeisukeのためにがんばってるのに!』
Keisuke『だよね Yu-noは頑張ってるよ 落ち着こう?』
Yu-no『私変なこと言ってる???わたしKeisukeのためになんでもするよ?できるからね?!!!!』
Yu-noが過去に感情を高ぶらせたことは何度かある。
が、こんな風な取り乱し方をしたことは記憶に無い。
Keisuke『大丈夫、落ち着いて 俺が悪かった 無神経な一言だったね ごめん』
Keisuke『話を戻そう? 』
きっかけは、俺が疑ったから?
それとも―――
考えがまとまらない内に、Yu-noの言葉が続く。
Yu-no『もう一度 言うよ』
Yu-no『私ならできる 私ならKeisukeの友達を助けてあげられる』
Yu-no『私が信用 できないなら』
Yu-no『断っても いい』
Yu-no『Keisukeが選んで』
Yu-no『どうする?』
――――――
―――
月曜の朝。
本鈴も鳴り終わり、途端に静まり返った学校の正面玄関。
何度目だろう。落ち着かずに腕時計を見るが、さっきからまだ1分も経っていない。
「……俺も意外と気が小さいんだな」
言葉に出してみて、自分が緊張していることを認めざるを得ない。
いや、むしろ怯えていると言った方がいいのか。
―――あの晩、俺はYu-noとの共闘を選んだ。
翌日の朝には早くもYu-noからシナリオが届いた。
『まだ協力者の了解が取れてないからねー いざとなったら一人二役頼むよー』
そんな前書き付きのシナリオは、俺に関わる部分しか書かれておらず、多分にその場でのアドリブが必要になるものだ。
その時点で不安を覚えたが、それはYu-noの準備不足というよりも―――俺に対する情報開示の制限と捉えたのは警戒しすぎだろうか。
俺は頭の整理をしようとスマホに目を落とす。
『分かった。お前の言う通りにやってみる。アカ姉からも了承をもらった』
―――唐澤からの計画への同意をもらったのはついさっきだ。
……無理もない。
あの二人からすれば、『覚悟』を決めていたところに突然、部外者から嘘を塗り重ねるよう唐突な提案があったのだ。
何はともあれ。計画を遂行する最後の承認が降りた。
スマホをポケットに滑り込ませるのと同時、一限開始のチャイムが鳴る。
俺は授業のことを脳裏から外すと、何度目かは忘れたが腕時計に目をやった。
そろそろ校長室に唐澤と赤羽先生が入る頃だ。
……そして『協力者』が現れる時間でもある。
協力者が誰かは明かしてもらえなかったが、それ自体が一つの答えでもある。
学校の正門からゆっくりと黒塗りの車が入ってきても、俺は驚きはしなかった。
止まった車の運転席から、野々原さんが降りて来る。
野々原さんと軽く目礼を交わすと、後部座席の窓が開き、馴染みのある小さな顔が覗く。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう夜縁《よすが》ちゃん。久しぶりだね」
雁ヶ音夜縁。
彼女は興奮気味に目を輝かせ、俺に笑顔を向ける。
「少し遅れちゃったかな?」
「いや、時間通りだよ」
車椅子を用意した野々原さんが車のドアを開ける。
と、夜縁は車椅子に移してくれるよう両手を伸ばした―――俺に向かって。
夜縁の華奢な身体に手を回して車椅子に移す。
悪戯っぽく笑う夜縁の唇の間から、真珠のような歯が覗く。
「お兄ちゃん、驚いた?」
「少しね。夜縁ちゃん、お寝坊さんだと思ってたから」
「ひどいな。そんなの、こないだの遊園地のときだけだよ?」
あまり時間は無い。
野々原さんに見送られ、夜縁の乗る車椅子を押して校舎に入る。
……Yu-noの言っていた『協力者』は夜縁だ。
彼女はどこまで知っていて、どこまで知らないのだろう。
考え込む俺に夜縁は明るく声をかけてくる。
「お兄ちゃん、Yu-noとお友達だったんだね」
「あ……うん。あの、夜縁ちゃん?」
「分かってるよ。お兄ちゃんが夜縁と友達になってくれるように頼んでくれたんだよね?」
言葉に詰まる俺の姿がそんなに面白かったのか。
夜縁は笑いをこらえながら、肩越しに振り向く。
「びっくりだよ。もうちょっとで、夜縁の恥ずかしい秘密を話しちゃうとこだったんだから」
「秘密って?」
「……秘密だから秘密なんだよ」
夜縁はわざとらしく口を尖らせる。
人気の無い廊下に、カラカラと車輪の回る音が小さく響く。
……嘘をつきに行く前に、また一つ嘘をついた。
夜縁を巻き添えに―――
「あのね、勘違いしないでね。夜縁お友達いなかったから。Yu-noとお友達になれてすごく嬉しいんだよ? だから今日はYu-noの頼まれごとを聞いてあげるの」
「……それなら良かった。彼女とは、Yu-noとはいつもどんな話をしてるの?」
「んーとね、音楽とかyoutubeのお勧めとか。あと、Yu-noとお兄ちゃん同じゲームをしてるんでしょ?」
「Re-liance(リライアンス)のことかな。ネットゲームでね、2年くらい前から一緒にやっているんだ」
「いーなー。夜縁も出来るかな?」
「え……?」
思わず言葉が詰まる。
聡明だが世間知らずな夜縁と、抱えた闇を隠さないYu-no。
この拒否感は、Yu-noとの世界に入ってきて欲しくない―――というよりも、二人をこれ以上近付けたくないというのが本音だ。
「Re-liance(リライアンス)を遊ぶのは夜遅くになるかな。夜縁ちゃん、大丈夫?」
「んー、それなら無理かな。夜縁、すぐ眠くなっちゃうもん」
思わず安堵の溜息をつくのと同時、夜縁が指をトントンと鳴らす。
見れば俺達がいるのは校長室の前だ。
……中からは、年嵩の男の声が低く響いてくる。
気後れした俺は思わず夜縁の肩を叩く。
「……夜縁ちゃん。Yu-noから話は聞いているんだよね。大丈夫?」
「お兄ちゃん、夜縁を誰だと思ってますか?」
俺が動かないのに気付くと、夜縁は精一杯身体を乗り出し、手に持つカバンで校長室の扉をドン、と叩く。
「ちょっ! 夜縁ちゃん!」
「さあお兄ちゃん、行くよ」
扉の向こう側が一瞬の内に静まり返る。
夜縁はいつもは見せない勝気な笑みで俺を振り返る。
「茅ヶ崎リサ、一日限りの復帰だよ」