Yu-no『は?』
途端、Yu-noのメッセが赤文字に変わる。
Yu-no『私と? 遊んでるのに?』
この短いメッセだけで伝わるYu-noの苛立ち。
自分の頭が空回りしだすのを感じる。
『―――ねえ。どうしたの? お兄ちゃん』
思考に割り込む夜縁《よすが》の声。
「あ、ごめん。なんだっけ」
『それでね、今度またお家に来て欲しいんだけど』
「構わないけど―――」
Yu-no『電話 切って』
Keisuke『ごめん もうちょっと』
Yu-no『 』
Yu-no『 』
Yu-no『 』
Yu-no『 』
Yu-no『 』
Yu-no『 』
Yu-no『切れって』
Yu-no『言ってんだけど』
……分かった。降参だ。
これ以上、事態を長引かせる勇気はない。
「夜縁《よすが》ちゃん、ごめん。ちょっと急ぎの用事があって。また明日かけるから」
『あ、うん。分かった。待ってるね。……おやすみなさい』
「お休み、夜縁《よすが》ちゃん」
通話が切れるなり、スマホを投げ捨てキーボードに齧りつく。
Keisuke『ごめん! もう切った!』
…
……
………
Keisuke『もう切ったよ? Yu-no?』
…
……
………
………………
不自然に途切れる返事にYu-noの怒りが伝わってくる。
更に呼びかけると、ようやくYu-noの返事が届く。
Yu-no『あいつ あの女の 妹でしょ?』
Yu-no『なのにどうして 楽しくおしゃべり』
Yu-no『しちゃってるの?』
Keisuke『彼女は関係ない 日南の件とは別』
Yu-no『わからない』
……分からない?
Yu-noの言葉に戸惑う俺に、更なるメッセージが届く。
Yu-no『よすが あなたの なに?』
……これはどう捉えればいいのだろう。
何気なく答えようとした俺の手が止まる。
本能的に伝わってくる。この質問はそんな簡単なものでは無い。
Keisuke『日南と同じで幼馴染だけど』
Keisuke『別に酷い目にあわされた わけじゃない』
Keisuke『だから 手を出さないで』
……散々考えた挙句の返事。
これが正解なのかは分からないし、そもそも正解があるのかどうか。
Yu-no『ずいぶん かばうんだ』
Yu-no『わたしより 大事なの?』
Keisuke『もちろん君の方が大事だよ?』
Keisuke『関係ない人を巻き込みたくないんだ』
Yu-no『ほんと? それだけ?』
Yu-no『ただの知り合いで 特別な感情は ない? 幼馴染なのに?』
もちろん―――そう打とうとした矢先、Yu-noのメッセが届く。
Yu-no『よすが に 告白されても?』
夜縁が―――告白?
思いがけない言葉に俺の指が止まる間に、Yu-noの言葉がどんどん積もっていく。
Yu-no『好きだって 言われても?』
Yu-no『ずっとずっと 好きだって 前からずっと好きだったって』
Yu-no『あなたのこと ずっと見てて 好きだったって』
Yu-no『言われても? なんとも思わない? 本当に?』
Yu-no『私よりも 好きになっちゃたり』
Yu-no『しない?』
俺は覚悟を決めてキーボードの上に指を走らせる。
Keisuke『しない』
Keisuke『俺には Yu-noがいればそれでいい』
Keisuke『だから俺を信じて』
Enterを押した途端。
肩にドッと何かがのしかかってきたかのような重みを感じる。
重みに耐えきれず、思わず顔を伏せる。
心の中で10まで数えて、俺は顔を上げる。
Yu-no『ホント?』
Yu-no『嬉しい』
Yu-no『Keisuke 優しいんだね』
Keisuke『だから約束して』
Keisuke『夜縁だけじゃない 関係ない人を傷付けちゃだめだよ』
祈るような気持ちで打ち終える。
Yu-no『だよね 分かった』
Yu-no『妹ちゃん 大事にするね』
Yu-no『だから』
Yu-no『すぐには壊さずに 大事に』
Yu-no『使わないとね』
その瞬間、さっき俺の肩に降りてきた重みが錯覚ではないことを知った。
……彼女にとって、世界は敵と味方の二つなのだ。
俺は味方だから何でもしてあげて、敵はその周りも含めて何をしてもいい―――
Keisuke『待って 他の人は利用するためにあるんじゃない』
Keisuke『お願いだから そんなことやめて』
俺の縋《すが》るような言葉に返ってきたのは―――沈黙。
それからどれだけ時間が経っただろう。
再びYu-noの独白が始まる。
Yu-no『つらい』
Yu-no『やっぱり 今日の君 優しくない』
Yu-no『いつも 優しいのに』
Yu-no『今日は私を 否定 してばかり』
Yu-no『嫌だ 辛い つらい』
Yu-no『ごめん 今日は 帰る』
Yu-no『明日 また』
―――Yu-noはログアウトしました。
……Yu-noは去った。
呆然とログアウトの表示を眺めがらも、正直ほっとしている自分に気付く。
彼女の負の感情を嫉妬と言っていいのか。
生まれて17年しか生きていない自分には手に負えない問答だ―――
投げ捨てたスマホをのろのろと拾うと、通知の表示に気付く。
アメピグのメッセージだ。
Yu-noだろうか?
緊張気味にアプリを開くと、“よすよす”からのメッセージだ。
『お部屋の外を見て?』
お部屋? 現実の……ではないよな。
アバターを操作して、画面の中の部屋から出る。
部屋の前に置かれたアイコンは―――手紙と花が一輪。
クリックすると、手紙が画面いっぱいに広がる。
―――
こんばんわ。よすよすです。
今日は忙しいのに心配して電話をくれてありがとうございます。
でも、お兄ちゃんとお話しできて嬉しかったから、寂しくなったらまた悪いことしようかな?
それじゃあお休みなさい。
追伸 悪いことするのは冗談だよ?
―――
笑いとは緊張と解放の落差である―――どこで聞いた話だろう。
俺は自分の口から洩れる乾いた笑い声を聞きながら、ベッドに倒れ込む。
―――いつからだろう。腹の底から笑えなくなったのは。
それでも久しぶりだ。愛想笑いじゃなく、声を出して笑ったのなんて。
Yu-noはまた明日と言った。
毎晩、来ないで欲しいと願っていた明日。
でも今は少しだけ―――待ち遠しい。