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俺をディスる幼馴染への制裁は、遅効性の甘美な毒薬

第12話 あの人は君の なに?





 Yu-no『は?』


 途端、Yu-noのメッセが赤文字に変わる。



 Yu-no『私と? 遊んでるのに?』


 この短いメッセだけで伝わるYu-noの苛立ち。
 自分の頭が空回りしだすのを感じる。


『―――ねえ。どうしたの? お兄ちゃん』


 思考に割り込む夜縁《よすが》の声。


「あ、ごめん。なんだっけ」
『それでね、今度またお家に来て欲しいんだけど』
「構わないけど―――」



 Yu-no『電話 切って』

 Keisuke『ごめん もうちょっと』


 Yu-no『 』
 Yu-no『 』
 Yu-no『 』
 Yu-no『 』
 Yu-no『 』
 Yu-no『 』


 Yu-no『切れって』



 Yu-no『言ってんだけど』


 ……分かった。降参だ。
 これ以上、事態を長引かせる勇気はない。


「夜縁《よすが》ちゃん、ごめん。ちょっと急ぎの用事があって。また明日かけるから」
『あ、うん。分かった。待ってるね。……おやすみなさい』
「お休み、夜縁《よすが》ちゃん」


 通話が切れるなり、スマホを投げ捨てキーボードに齧りつく。


 Keisuke『ごめん! もう切った!』


 …
 ……
 ………


 Keisuke『もう切ったよ? Yu-no?』


 …
 ……
 ………
 ………………


 不自然に途切れる返事にYu-noの怒りが伝わってくる。

 更に呼びかけると、ようやくYu-noの返事が届く。


 Yu-no『あいつ あの女の 妹でしょ?』

 Yu-no『なのにどうして 楽しくおしゃべり』

 Yu-no『しちゃってるの?』


 Keisuke『彼女は関係ない 日南の件とは別』


 Yu-no『わからない』


 ……分からない?

 Yu-noの言葉に戸惑う俺に、更なるメッセージが届く。




 Yu-no『よすが あなたの なに?』




 ……これはどう捉えればいいのだろう。
 何気なく答えようとした俺の手が止まる。

 本能的に伝わってくる。この質問はそんな簡単なものでは無い。


 Keisuke『日南と同じで幼馴染だけど』

 Keisuke『別に酷い目にあわされた わけじゃない』

 Keisuke『だから 手を出さないで』


 ……散々考えた挙句の返事。
 これが正解なのかは分からないし、そもそも正解があるのかどうか。


 Yu-no『ずいぶん かばうんだ』

 Yu-no『わたしより 大事なの?』


 Keisuke『もちろん君の方が大事だよ?』

 Keisuke『関係ない人を巻き込みたくないんだ』


 Yu-no『ほんと? それだけ?』

 Yu-no『ただの知り合いで 特別な感情は ない? 幼馴染なのに?』


 もちろん―――そう打とうとした矢先、Yu-noのメッセが届く。



 Yu-no『よすが に 告白されても?』


 夜縁が―――告白?

 思いがけない言葉に俺の指が止まる間に、Yu-noの言葉がどんどん積もっていく。


 Yu-no『好きだって 言われても?』 

 Yu-no『ずっとずっと 好きだって 前からずっと好きだったって』

 Yu-no『あなたのこと ずっと見てて 好きだったって』

 Yu-no『言われても? なんとも思わない? 本当に?』



 Yu-no『私よりも 好きになっちゃたり』

 Yu-no『しない?』


 俺は覚悟を決めてキーボードの上に指を走らせる。


 Keisuke『しない』

 Keisuke『俺には Yu-noがいればそれでいい』

 Keisuke『だから俺を信じて』


 Enterを押した途端。

 肩にドッと何かがのしかかってきたかのような重みを感じる。
 重みに耐えきれず、思わず顔を伏せる。

 心の中で10まで数えて、俺は顔を上げる。


 Yu-no『ホント?』

 Yu-no『嬉しい』

 Yu-no『Keisuke 優しいんだね』


 Keisuke『だから約束して』

 Keisuke『夜縁だけじゃない 関係ない人を傷付けちゃだめだよ』


 祈るような気持ちで打ち終える。


 Yu-no『だよね 分かった』

 Yu-no『妹ちゃん 大事にするね』


 Yu-no『だから』



 Yu-no『すぐには壊さずに 大事に』

 Yu-no『使わないとね』


 その瞬間、さっき俺の肩に降りてきた重みが錯覚ではないことを知った。

 ……彼女にとって、世界は敵と味方の二つなのだ。
 俺は味方だから何でもしてあげて、敵はその周りも含めて何をしてもいい―――


 Keisuke『待って 他の人は利用するためにあるんじゃない』

 Keisuke『お願いだから そんなことやめて』


 俺の縋《すが》るような言葉に返ってきたのは―――沈黙。



 それからどれだけ時間が経っただろう。
 再びYu-noの独白が始まる。



 Yu-no『つらい』


 Yu-no『やっぱり 今日の君 優しくない』

 Yu-no『いつも 優しいのに』


 Yu-no『今日は私を 否定 してばかり』


 Yu-no『嫌だ 辛い つらい』


 Yu-no『ごめん 今日は 帰る』



 Yu-no『明日 また』



 ―――Yu-noはログアウトしました。



 ……Yu-noは去った。

 呆然とログアウトの表示を眺めがらも、正直ほっとしている自分に気付く。


 彼女の負の感情を嫉妬と言っていいのか。
 生まれて17年しか生きていない自分には手に負えない問答だ―――


 投げ捨てたスマホをのろのろと拾うと、通知の表示に気付く。
 アメピグのメッセージだ。

 Yu-noだろうか?


 緊張気味にアプリを開くと、“よすよす”からのメッセージだ。


『お部屋の外を見て?』


 お部屋? 現実の……ではないよな。
 アバターを操作して、画面の中の部屋から出る。

 部屋の前に置かれたアイコンは―――手紙と花が一輪。
 クリックすると、手紙が画面いっぱいに広がる。


 ―――

 こんばんわ。よすよすです。
 今日は忙しいのに心配して電話をくれてありがとうございます。

 でも、お兄ちゃんとお話しできて嬉しかったから、寂しくなったらまた悪いことしようかな?
 それじゃあお休みなさい。


 追伸 悪いことするのは冗談だよ?

 ―――


 笑いとは緊張と解放の落差である―――どこで聞いた話だろう。
 俺は自分の口から洩れる乾いた笑い声を聞きながら、ベッドに倒れ込む。


 ―――いつからだろう。腹の底から笑えなくなったのは。
 それでも久しぶりだ。愛想笑いじゃなく、声を出して笑ったのなんて。  



 Yu-noはまた明日と言った。

 毎晩、来ないで欲しいと願っていた明日。


 でも今は少しだけ―――待ち遠しい。